近年、SNS上でフェイクニュースやデマが拡散されて混乱を招く事例が何度も発生しています。記憶に新しいものには、2016年のアメリカ大統領選の時に広まった「ローマ法王がトランプ氏の支持を表明」というフェイクニュースや2016年の熊本地震発生後に流れた「動物園からライオンが逃げ出した」というデマ、2019年に起きた常磐自動車道でのあおり運転の事件後に拡散された、事件に無関係な女性を容疑者と一緒にいた女性だとするような内容のデマなどが挙げられます。
こうしたフェイクニュースやデマは社会を混乱させるだけでなく、無関係な人を傷付けたり誤った知識を広めてしまうなどの影響を引き起こします。またこうしたフェイクニュースやデマをSNS上でリツイートしたりいいねを押したりすると、場合によっては名誉毀損罪や偽計業務妨害罪により訴えられる(加害者になる)可能性も0ではありません。SNSにおけるフェイクニュースやデマによるトラブルはもはや他人事ではない、身近な問題となっていると言えます。
自分はSNSにおけるデマの拡散とそれによる社会への影響を減らしたいという思いから研究を進めておりました。研究活動の一貫で色々な論文を読む中で見つけた論文をご紹介したいのと、今持っている知識を一通りまとめておきたいということで今回記事を書いてみることにしました。
なお今回は「SNSにおけるナッジ」を主なテーマにしたいと思います。
SNSとナッジ
話を始める前に、まずはナッジについてご説明したいと思います。
ナッジ(nudge:注意を引くために肘でそっと突く)とは「人々が自発的に望ましい行動を選択するよう促す仕掛けや手法」のことで、リチャード・セイラー博士と法学者のキャス・サンスティーン氏が論文中で提唱した理論です。行動経済学をはじめ、マーケティングなど幅広い分野で注目されています。
定義としては『選択を禁じることも、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人々の行動を予測可能な形で変える「選択アーキテクチャー」のあらゆる要素』となっているので、あくまで相手に選択の自由を残しつつ意思決定や行動を望ましい方向へと促すようにデザインする必要があります。
SNSにおいてもナッジを適用できないか提案・検証する研究は色々と行われています。最近では、Twitter社がフェイクニュースを含むようなツイートに対して事実確認を促すようなラベルや注意喚起を促す警告ラベルを表示する機能をテストしたり実装していますが、このラベルの表示もナッジの一種であると言えます。このようにSNS上でユーザの意思決定・行動を望ましいとする方向へ促すためにナッジを適用する、というやり方は今後も色々な方法が提案されていくのでは?と個人的には思います。
特に自分はSNS×ナッジの中でも「誤情報に対して適切な意思決定を行えるようにする」ための方法に注目していて論文を探したり研究を進めておりました。ナッジに関連する論文を探す中で面白そうなものを見つけたので今回ご紹介させていただきます。
ナッジの中でも特に効果が高いものは?条件によってナッジ効果に差は出る?
自分が見つけた論文は「日米中3カ国におけるSNSの倫理的利用に向けたナッジ効果の実証分析」(山崎由香里,行動経済学 第10巻 (2018))という論文です。
「(スマホ及びSNSの倫理的利用というテーマにおいて)様々なナッジがある中でどれが特に効果があるのか、またナッジによる効果は条件によって変化するのか」ということを検証した内容となっています。
以下、この論文の説明をしていきたいと思います。
【検証方法】
検証するナッジは以下の9種類です。人には意思決定傾向(アノマリー = 人の心のクセ)があり、各アノマリーに対して有効なナッジツールはそれぞれ何かという仮説を立ててから検証を行っています。
なお、論文における検証対象は「スマートフォン及びSNSの倫理的利用を促すナッジツールの効果」なので、スマートフォンにおけるプライバシー設定やSNS利用時におけるプライバシーへの配慮行動に関するナッジ・質問内容となっています。
(以下論文中より内容を抜粋、一部説明を追記しています)
■リマインダー
アノマリー:「(想起時の)利用可能性ヒューリスティック」
→ 思い出しやすい・入手しやすい情報に頼って判断する傾向。
仮説:
画像投稿時の肖像権およびプライバシー配慮を促すために、画像投稿時に被写体に承認を得たかを尋ねるリマインダーメッセージを提供すると、リマインダーがない場合よりも、未承認投稿をとどまるだろう。
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■インセンティブ
アノマリー:「利得願望」
→ インセンティブ(成果報酬)を得たいと感じる傾向。
仮説:
他者の非倫理的行為の抑止を促すために、マナー違反等の匿名通知による報酬獲得サイトを紹介すると、報酬獲得サイトを紹介されない場合よりも、他者の非倫理的行為の抑止に貢献するだろう。
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■損失回避性とフレーミング効果
アノマリー:「損失可能性とフレーミング効果」
→ 損失を避けようとする傾向(損失可能性)/ どこを強調するかによって与える影響が異なる効果(フレーミング効果)。
仮説:
情報セキュリティを促すために、スマートフォンのバックアップを取らないことによる損失を強調すると、バックアップを取ることの利点を強調するよりも、バックアップ取得を促すことができるだろう。
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■連言錯誤
アノマリー:「代表性ヒューリスティック」
→ あるカテゴリーの中で代表的・典型的であると感じるものを過大評価してしまう(固定観念で物事を判断してしまう)傾向。
仮説:
情報セキュリティを促すために、複数サイトでの長期間同一パスワード使用による連鎖的な被害事例(連言)を紹介すると、単一サイトでの被害事例(選言)の紹介よりも、パスワードの変更を促すことができるだろう。
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■入手容易性
アノマリー:「利用可能性ヒューリスティック」
仮説:
情報セキュリティを促すために、あるアプリのインストール時に、同画面にセキュリティアプリのインストールボタンを設置すると、インストールボタンがない場合よりも、セキュリティアプリのインストールを促すことができるだろう。
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■メンタル・アカウンティング
アノマリー:「メンタル・アカウンティング」
→ お金に関する意思決定をする時に狭いフレームの中で判断をしてしまう(お金の入手方法やお金の使い道などによって、価値の感じ方が異なる)傾向。
仮説:
情報セキュリティを促すために、モバイルフォン購入時にセキュリティアプリ代金を本体購入価格に含めて表示すると(購入を希望しない場合は返金)、セキュリティアプリ代金が本体価格と別設定の場合よりも、アプリ購入を促すことができるだろう。
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■デフォルト
アノマリー:「現状維持バイアス」
→ 大きな変化や未知のものに対して変化を好まず、現状を維持したくなる(デフォルト(既定)となる選択肢が与えられるとデフォルトの選択肢を受け入れて変更しない)傾向。
仮説:
情報セキュリティを促すために、スマートフォンの情報セキュリティのデフォルトが「高」の方が、「低」の場合よりも、セキュリティ度が高いだろう。
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■他者模倣
アノマリー:「他者の存在」
→ 他者と同じ行動をとろうとする傾向。
仮説:
情報セキュリティを促すために、多くの友人が使用しているセキュリティアプリの使用を勧めると、単にセキュリティアプリ推奨を告げるよりも、他者の行動を模倣してアプリの使用を促すことができるだろう。
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■他者承認
アノマリー:「他者からの承認(承認欲求)」
→ 他の人からの承認を得たいと感じる傾向。
仮説:
他者の非倫理的行為の抑止を促すために、これまでの使用マナーを賞賛すると、賞賛しない場合よりも、他者の非倫理的行為の抑止に貢献するだろう。
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検証方法は以下のような質問に対して「同意するか」を5点尺度で回答する、という形式をとっています。なお質問に回答してもらう形式でも有効的なナッジ効果を得ている先行研究がある、と著者は論文中で説明しています。
表. 各グループに対する質問文
アメリカ・中国・日本の25歳までの若者を調査対象としており、回答はデモグラフィ特性ごとに分析しています。各質問に対する得点をもとに、スマホ・SNSにおける倫理的配慮を行えているかを判定しています。
【検証結果】
結果の詳細については論文中にて書かれているので、ここでは割愛させていただきます。検証により得られた結果の概要としては、
- アメリカ・中国・日本の若者に共通して全体として効果がみられたのは「リマインダー」「デフォルト」「メンタル・アカウンティング」
- リマインダー:リマインダーなどの通知機能を用いて、メッセージ等を提示する
- デフォルト:選択させたいものを初めから選択された状態とする
- メンタル・アカウンティング:人の心理会計を意識した金額設定を行う
- デモグラフィ特性別にナッジ効果に違いがみられた:
- 米国居住者に比べて、中国及び日本居住者のSNS利用への倫理配慮度が低い
- 日本の若年層にはナッジ効果が強く現れる傾向がみられた
- 性別の違いによるナッジ効果の違いはみられない
- SNSの利用年数が短いほどナッジ効果が現れる
考察として、まず「米国居住者に比べて、中国及び日本居住者のSNS利用への倫理配慮度が低い」という結果について、アメリカでは包括的な個人情報保護法が存在しない&SNSにおけるトラブルは身近なものと認識しており、「プライバシーを本質的なものとして捉え、配慮することが当然と考える傾向がある」ことが関係しているのではないか、と筆者は考察しています。
また「日本の若年層にはナッジ効果が強く現れる傾向がみられた」という結果については、日本人の国民性として「従順さ」と「適合性」が高く「指導に素直に従い、すぐに適応する傾向がある」ことが関係しているのではと考察しています。
これらを踏まえて結果をまとめると、『(スマホ及びSNSの倫理的利用というテーマにおいて・若年層に対して)SNSにおけるナッジを考える時、「リマインダー」「デフォルト」「メンタル・アカウンティング」が効果的である。ただし相手の居住地域や年齢、SNSの利用年数によって効果的なナッジの種類やナッジ効果に違いがあるので、相手を意識したナッジのデザインが必要となる。またナッジを適用する対象(どのよう内容のものに適用するか)によっても効果が変わってくる可能性も考えられる』と言えるのではと思います。
とても興味深い検証を行っている論文であり、知見をメモしつつ共有もできればと思い、今回記事として書かせていただきました。
ナッジを考える上で必要なこと
ナッジの定義と今回ご紹介した論文から得られる知見から、SNSにおけるナッジを考える場合は「ユーザの行動や意思決定を強制しないように」「行動変容を促す対象を考慮して」ナッジを作る必要があると自分は考えました。
ナッジの定義から、ナッジを作る際にはユーザに対して選択の自由を残す必要があります。つまり行動や意思決定を強制するように作ってはいけません。例えばフェイクニュースのみリツイートができなくなるようにする、という形式をとるようなやり方はナッジ的ではないと自分は思います。
どの情報に対してもリツイートはできるものの、フェイクニュースと思われる投稿についてはリツイートボタンをグレーアウト表示する、といったやり方のほうがナッジに近いと自分としては思います。
また、今回ご紹介した論文から得られた知見の一つに「SNSの利用年数や居住地域により有効となるナッジやナッジ効果に違いがみられた」ということが挙げられます。
ナッジを考えるときは、行動変容を促す対象の特性を考えた上でナッジを設計する必要があると考えられます。ナッジの設計が難しい場合は、上記論文でも示されていたように「リマインダー」や「デフォルト」、「メンタル・アカウンティング」を用いると良いかもしれません。
今回は論文の紹介とナッジに対する自分の考えについて書かせていただきました。SNSにおけるフェイクニュースの対策やナッジに関する研究を行うことを考えている方の少しでもお役に立てれば嬉しいです。
他にも、SNSに関連する論文を紹介する記事として「SNSにおいてリテラシーは有効か?」という記事を書いておりますので、もしご興味があればそちらも読んでいただけますと幸いです。
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